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0004787

歪酷博客

MeteorX的白板

胡言乱语中...


MeteorX @ 2007-01-11 20:15

总算了结了这门人称"百人斩"的课,整个考试就觉得是在考空间解析几何而不是图形学什么的......
真不明白为什么要把那些乱七八糟曲线作为重点,完全就是在考书上的东西能记得多少
图形学这么实用的东西居然不开卷考,真是莫名其妙……其实我觉得CS大多数课程都是应当开卷的
做的project也是稀奇古怪,难度又低,分也不知道那帮TA怎么给的
总共5分交了就有2分,整个班上撑死了20份不同的project
我好歹还算是自己独立完成的吧,虽然是丑了点,才给3分……这年头什么责任感阿都是
彻底对复旦CS本科教育失去信心了
现在想想上学期上面向对象的张天戈老师,大project其中还给每个group指点(虽然我没去...-.-|||)
最后验收还亲自看代码然后对project提出问题让学生回答,总算明白为什么这是王道课之一了


转一下话题,贴个游戏,Summer Days,或许大多数人认为这是[屏蔽]游戏
但我个人觉得这还是一部既真实又感人的Galgame的,虽然H情节与纯爱系大相庭径
但就人物性格,情节发展分支之丰富,要比那些空yy的后宫阿、女仆阿之类的Galgame好太多了


先贴歌词,游戏中每个Chapter的Ending曲,栗林みな実煽情的声线,配合每个Chapter十分恰当的中止
相当贴切地表达了原作中男主角心灵与堕落之间只有一线之隔的氛围

あなたが…いない(SCHOOL DAYS エンディング)
歌:栗林みな実

笑顔がゆらぐ
声が震える
にじんでく景色

仲良くなりたくて声かけたの
純粋な瞳まぶしくて
近くにいたいから もっともっと
小さな痛みは知らないフリ

本当に大切な人を
いつのまに手に入れたの?
はしゃいでる いつもとりおしゃべりね?
突き刺さる現実

笑顔がゆらぐ
声が震える
気づかれぬようにうつむく
あなたが…いない
ここには…いない
わかりあえたのに埋まらない距離


コトバ交わすだけで嬉しくなる
優しい瞳に包まれて
ひたむきな気持ちに怯えながら
精一杯の想い そっと捧げた

本当に大切な出逢い
うっくりとはぐくみたい
届けたい 届かない いつからか
不安だけふくらむ

離れることが運命なんて…
ずっとこのままと信じてた
あなたが…いない
ここには…いない
受け入れられずに探し続けた


涙が伝う
コトバは消える
からまる想い ほどけない
あなたが…いない
ここには…いない
ゆき先なくした 孤独なため息


笑顔でいるから…好きでいさせて

[ending]


贴2张游戏Album CD的图:




 
MeteorX @ 2007-01-08 18:56

ubuntu下面搞不定日文输入法...
实在没什么罗马音输入法能跟ime一样好用了...

第18課
高齢化社会
中国では、1982年の第三回国勢調査の時点で、65歳以上の高齢者の人口が、5000万人余りに達し、総人口の約4.9%占めた。
国連は、高齢者の人口の比率が、7%を超える国を老年人口型の国を規定している。だから、中国の社会は、まだ高齢化しているとは言えない。しかし、2000年になると、その比率が総人口の7.4%に当たる、9300万人になり、高齢化社会の仲間入りをすることになる。
グラフ甲は、日本における、総人口に対する、高齢者人口の比率の移り変わりを示したものである。日本では、すでに、1970年の時点で、高齢者の比率が7%を超えた。2000年には16.3%にまで達すると推測されている。
高齢化社会において、問題になるのは、多くの老人をどのように扶養していくか、ということである。老人の増加に伴って、年金や医療費の額が急激に増えている。そして、そうした社会保障の費用を賄うために、国民の税金の負担もしだいに重くなっている。
グラフ乙は、15歳から64歳までの人100人が扶養しなければならない老人の数を表したものである。1970年には、100人で約10人の老人を養っていたのが、2000年には、約24人を養った養うことのなる。
社会保障の充実を望む以上、それだけ国民一人当たりの負担も重くなるのを覚悟しなければならない。
財政の面だけでなく、誰が老人を扶養するかと言うことも大きな問題である。高齢者の人口が増えるとともに、老夫婦のみの世帯や、老人の一人だけの世帯が増えている。このような、老人たち、自分の体が弱って動けなくなった時、一体誰の世話になったらいいのか、と不安を訴えている。家庭で、子が親を扶養できればよいのだが、さまざまの事情から扶養できない場合もある。仕事の都合で、どうしても親と別居せざるを得ない、と言う人もずいぶんいるようだ。これは、親孝行を奨励するだけではすまない社会問題である。
また、仕事を持たない老人は、自分が社会に必要な人間だという自覚を持ちにくい。とかく、自分の生きがいを見失いがちだ。長年仕事を励んで、今日の社会を作った老人たちが、寂しい思いをするのは、とても残念なことだ。老人が生きがいを持てるような社会を作ることは、高齢化社会の大きな課題だといえる。
今後、高齢化進むとともに、ほかにも、さまざまな問題が起こってくるだろう。そして、高齢化社会に、どう対応するかということは、日本だけでなく、世界中の国にとって、大きな課題になってくるに違いない。


 
MeteorX @ 2007-01-05 22:23

感觉真不错...汉语越多越简单...
一听到 うまいことを考えたものだと思うが 这种,便彻底败了......-.-

第17課
天気予報
(1)
江戸時代にも天気予報があって、幕府の役人、翌日の天気を予報していたそうだ。気象観測の技術など、ほとんどなかった時代のことだから、当然、正確な予報はできない。それなのに、予報が外れると、担当の役人は厳しく責任を追及されていた追及された
そこで、役人は責任を逃れるために、毎日、「明日は雨が降る天気ではない。」と言う予報を出していたそうだ。この予報は、「雨が降る」を「天気」に係る言葉だと考えれば、「明日は雨が降らない。」という言葉意味になる。ところが、「明日は雨が降る、天気ではない。」と、途中で文を区切れば、逆に、「明日は雨が降る。」と言う意味になる。句読点がなければ、どちらにも読み取れる文なのである。したがって、翌日がどんな天気になっても、「雨が降る天気ではない。」と予報しておけば、絶対に外れる心配はないというわけである。
これなら、確かに責任を追及されずに済む。うまいことを考えたものだと思うが、これは多分作り話だろう。
現代では、勿論こんないい加減な予報は考えられない。それでも、以前は天気予報といえば、当たらないものの代表のように言われていたものだ。「天気予報を信じたばかりに、ひどい目に遭った。」と言う苦情が、気象庁に殺到することもあった。「あまり予報を外れるので、江戸時代のほうがよかった。」と思う予報官もいただろう。
しかし、最近天気予報についての苦情は、それほど聞かなく聞かれなくなった。気象観測の技術が発達して、予報が正確になったからである。レーダーで、曇の動きを正確にとられるとらえることをできるようになったし、地域の気象を自動的に観測する施設も、全国に整備された。
そして、それらが観測した情報をコンピュータで分析して、即座に気象の変化を予報できるようになった。さらに、気象衛星によって、レーダーでとらえられない広い範囲の気象も把握できるようになり、天気予報の精度は、ますます高くなった。
自然が相手だから、100%的中させるわけにはいかないが、江戸時代の役人には、想像もできない進歩であることは間違いない。
(2)
天気予報を知らせています。今日の東京地方は、北西の風、晴れのち雨。午前9時から、午後3時までの間に、1ミリ以上の雨が降る確率は、90%です。台風17号の影響で、夕方から夜にかけて、風雨が強くなる見込みです。ご注意ください。
あら、たいへん、あなた、夕方から雨がひどくなるらしいから、傘を持って行って。
、雨が降るって、でも、こんなにいい天気だよ。雨なんか、降りそうにないけどなあ。
だって、いま、テレビの天気予報で言っただのよ、台風の影響で、強い雨が降るんですって。
ふう、そうか。最近の天気予報は、当たるからな。じゃ、傘を持ってことにしよう。


 
MeteorX @ 2007-01-02 22:46

1時間をかけて。。。

第16課
コンピュータの発達
コンピュータとは、電子回路によって、数値の計算をする機械のことである。
コンピュータの中では、数値はすべて二進法で表される。これは、数値を電気の信号に代える変えるためである。というのは、二進法ならば、すべての数値は0と1の2種類になり、電気の信号があるかないかの違いで、表すことができるからである。
私たちが普段使っている十進法の0から9の例にとってみよみよう
図のように、コンピュータはそれらを信号に置き換える。電球にたとえれば、いくつかの電球が、どのような組み合わせで点滅するか、ということで表すわけである。そして、計算するとき、瞬間的にこれらの電球にスイッチを入れたり切ったりして、信号を組み合わせ、答えを出すのである。
だから、簡単に言えば、コンピュータとは電気の信号を点滅させるスイッチが集まったものだと言っていい。と言っても、複雑スイッチ数字を記憶して、計算するとなると、何千何万と言う数のスイッチが必要になる。
最初、このスイッチの役目を果たしていたのは、真空管だった。人類最初のコンピュータは1945年に完成したが、それには、約2万本の真空管が使われていた。しかし、2万本の真空管が使った機械はあまりにも巨大であり、しかも、膨大の電力が必要でしたとした。そうした、事情から、真空管をスイッチとして使う限り、コンピュータの実用化は不可能だとされていた。
そこの現れてのが、半導体を利用したトランジスタである。
半導体は金属のように電気を通しやすいものと、ガラスのように電気を通しにくいものとの中間の性質を持っている。ある条件を与えれば、電気を通し、別の条件を与えれば、電気を通さないという性質がある。だから、スイッチとしての役目を果たすことができるのである。
トランジスタは、小型で電量電力の消費量も少ない。真空管とは、比べ物にならないほど、多くの長所を持っていた。だから、トランジスタが実用化されるやいなや、たちまち真空管に取って代わり、コンピュータ技術の飛躍的な進歩を促した。
その後、トランジスタが改良され、たくさんのトランジスタの機能を盛り込んだ、集積回路(IC)や、大規模集積回路(LSI)が、開発された。
こうした、技術革新によって、最初は2万本の真空管使った巨大な機械が、今ではたった一つのLSIで作られるようになり、手のひらに載るほど小さくなったのである。


 
MeteorX @ 2006-12-24 22:48

50min.
ここまで終わったかもしれない...


第15課
小さいものへの愛着
(1)
昔中国からの使節が日本に来て、瀬戸内海を船で渡っている時、こう言ったそうだ。
「日本にもずいぶん広い川がありますね。これは何と言う川ですか。」
黄河や揚子江など広大な川を見慣れた中国の人が、瀬戸内海を川だと思ったのも無理はないだろう。しかし、この言葉を聞いて、その場にいた日本人は驚いたに違いない。「それほど中国の川は広大なのか、まだまた、中国の自然と比べて、日本の自然はそれほど小さいものなのか。」と思ったことだろう。
中国の人だけではない、あるアメリカ人は、日本の川を見て、これは川ではない、滝だと言ったそうだ。日本の川は、幅が狭く、流れの急なところが多いので、そんな感想を抱いたらしい。
確かに、中国やアメリカに比べると、日本の山や川は小さい。だから、中国人やアメリカ人の目には、日本の自然が、まるで箱庭のように見えるかもしれない。
箱庭と言えば、日本には盆栽と言う園芸があり、多くの愛好家がいる。これは、松や梅など鉢に植え、小さく形を整えて鑑賞するものだ。盆栽は、もともと中国から伝わったが、日本で、独特の発達を遂げたと言われている。ただでさえちいさい自然を、さらに小さくするのだから、日本人はよほど小さいものに対する愛着が強い民族なのだろう。
同じ傾向は産業や技術においても、見ることが出来る。日本の工業製品で評価されているものと言えば、何と言っても、カメラや時計などの小型の精密機械だ。まだまた最近は、コンピュータに使う超小型の集積回路を開発する分野で、日本の技術は目覚しい進歩を遂げている。つまり、小型で精密な製品を作ることにかけて、日本人は特に才能を発揮してきたわけである。
盆栽から、先端技術にいたるまで、日本人の小さいものへの愛着が感じられるのである。
(2)
張さん、何を読んでるんですか。
小さいものへの愛着」って言う記事なんです。面白いですよ。
えへへえ、僕にも、ちょっと読ませてくれませんか。ははは、アメリカ人は、日本の川は、川じゃなくて、滝だといた言ったんですか。
そうらしいですね。つまり、日本人は、それほど小さい自然の中で、暮らしていると言うんですね。そのせいで、小さいものへの愛着が強く、それが、産業や技術にも現れているんです。スミスさんはどう思いますか。
日本人が何でも小さいものが好きなわけではないでしょう。確かに、日本人は小さいものを作ったり、大きいものを小さくしたりするのが得意ですね。
そうですね。ちょっと、逆説のようになるかもしれませんが、小さいものを作って、大きい経済力をつけたというのは、面白い見方じゃありませんか。
なるほど、それは面白い見方ですね。


 
MeteorX @ 2006-12-19 23:22

50min.
nnd...隔壁砸门...听得郁闷...

第14課
鳥になりたい
(1)
人間は昔から、「鳥のように、自由に空を飛び回ることができたら、どんなにすばらしいだろう。」と想像してきた。
ルネサンスの天才、レオナルド・ダ・ビンチ、「鳥のように空を飛びたい。」という夢を抱いていたようだ。彼は今から500年前に、鳥を解剖したり、鳥が飛ぶ時の動きをスケッチしたりして、鳥が空を飛べるわけを考えた。
彼は、現代の連続写真がなければわからないような動きまで、正確にスケッチしていると言われる。そして、その研究をもとに、彼は飛行機の設計図を残って残している。
レオナルド・ダ・ビンチが考えた飛行機が実現しなかった。その後、たくさんの人たちが、空を飛ぶ方法を研究した。気球に乗って、空を飛ぶを考えた人もいた。カモメやトンビが翼を動かさないで、飛ぶことから、グライダーを考え出した。そして、とうとう今世紀の初めになって、アメリカのライト兄弟が、エンジン付きの飛行機の実験に成功したでものである。
レオナルド・ダ・ビンチの時代には、人間が空を飛べるなどと考える人は、ほとんどいなかっただろう。ライト兄弟の成功をみるまでは、飛行機の実験に興味を示す人は、ごくわずかだったそうだ。「夢は、あくまでも夢だろう。」多くの人が思っていたに違いない。しかし、何人かの人は、「鳥になりたい。」という夢を、何とか実現しようと努力してきた。その努力の積み重ねが、見事に花を開き、実を結んだのだ。
現在では、大型旅客機が世界中の空を飛び回っている。そして,今や人間の夢は、地球の上ばかりでなく、宇宙にまで広がっている。人類宇宙を自由に飛び回るのは、もはや時間の問題だろう。
(2)
スミスさんは、子供のころ、何になりたいと思っていたんですか。
なりたいといった思ったものは、いろいろありますけど。一番なりたがったたかったのは、飛行機のパイロットですね。
まあ、そうですか。実は、私もスチェフーデスに憧れたことがあるんですよ。子供のころは、みんな空に憧れるのかもしれませんね。
ええ、だから、これからは、「宇宙飛行士になりたい。」って思う子供たちが、増えるんじゃないでしょうか。
宇宙飛行旅行も、もう夢ではなくなりましたものね。宇宙飛行士になって、宇宙を飛び回りたいなんて夢は、いいですね。
そうですね。夢といえば、僕の弟も「タイムマシンを作りたい。」なんて言ってますよ。
まあ、面白い。できるといいですね。
だけど、タイムマシンを作るという人間にしては、理数系の勉強が嫌いで、その代わり、毎日SF小説ばかり読んでるんです。
SFを読みながら、タイムマシンの研究をするなんて、面白くていいじゃありませんか。


 
MeteorX @ 2006-12-14 19:13

越学越ft了...俺はいったい何のためにこんなことをしっているところね......


第13課
50億人目の赤ちゃん
(1)
1987年7月11日、ユーゴスラビアのザグレブ市で50億人目の赤ちゃんが誕生した。マティちゃんという男の子だ。
国連は、人口統計から、この日を50億人目の赤ちゃん誕生の日と決め、その誕生を祝うことにした。デクエアル国連事務総長が、ザグレブ市の病院を訪れ、「マティちゃんと同世代の人々が、平和で暮らせますように。」と、お祝いの言葉を贈った。
世界の人口は、1920年代に20億人だったから、この半世紀余りで、二倍半に増えたことになる。21世紀の始めには、さらに10億人増えて、60億人に達するらしい。
これほど急激に人口が増加したのは、医学が進歩して、人間の死亡率が大幅に減少したからだ。高度な医療技術のおかげで、幼児に死亡率が低くなり、人間の寿命は著しく延びて伸びている。人類にとって、大変嬉しいことだ。
しかし、喜んでばかりはいられない。「人口爆発」という言葉がありあるように、人口の急激な増加は人類を脅かすものでもある。
例えば、食糧の問題だ。現在でも、地球上には、飢えに苦しんでいる人たちが、たくさんいる。このまま人口が増え続けたら、食糧問題は、ますます深刻になるに違いない。まだまた生活や産業の廃棄物が増えて、環境が汚染されることや、人間の数に比べて、石油や石炭などの資源が不足することも心配だ。
50億人目の赤ちゃんの誕生は、人類にとって、嬉しいニュースだが、同時に厳しい時代の到来を告げるニュースでもある。マティちゃんと同世代の人々が、平和に暮らせることを願うとともに、私たちは、地球の未来について、いっそう真剣に考えなければならないでもあるのである
(2)
日本人の平均寿命は、世界一長いでしょう。女性の平均寿命は80歳になっているそうね。
医学が発達したから、それだけ寿命が延びたんでしょうね。それに、食べ物が豊かになって、栄養のバランスがよくなったこともあると思うわ。
人間の寿命が延びると、人口がどんどん増えてくるいくわね。そう言えば、「地球の人口は、とうとう50億になった」って言うニュースがあったわ。
人口が増えるのは嬉しいと言えば、嬉しいことなんだけど。
そうね、このまま人口が増え続けたら、いったいどうなるかって、考えさせる考えさせられるわ。
本当ね、今に地球は、人間でいっぱいになっているしまうかも知れないね。
人が多すぎ、食糧が足りなくなるかも知れないし、地球の資源だって、限りがあるでしょう。深刻な問題だと思うわ。


 
MeteorX @ 2006-12-11 15:49

这次开始尝试一次听写完再检查...惨不忍睹口牙......还花了45分钟......


第12課
京都からの手紙
(1)
田中健一様 拝啓
先日は大変お世話になりました。私は今山田君と一緒に京都に来ています。京都は古いお寺や町並みが残っている、素敵な町です。実際に京都に来てみて、この町とても気に入りました。京都の町は中国の西安をまねて、作れたん作られたんだそうですね。その話を聞いて、いっそう京都に親しみを感じました。
それにしても、こちらの暑さは予想以上でした。京都は盆地なので、夏は暑いと聞いていましたが、本当にうだるような暑さです。でも、今日はその暑さの中、清水寺、龍安寺、円山公園などの名所を見て歩きました。
有名な清水寺の舞台にも上がってみました。日本には、何か思い切ったことをする時、「清水寺の舞台から飛び降りるつもりで」と言うことがあるそうですね。中国ならば、「西安の大雁塔から飛び降りるつもりで」と言うことになるでしょうか。
京都の夏の行事として有名な「大文字焼き」も見物することができました。暗闇の中で、山の中腹に、火がともったかと思うと、たちまち赤々と燃え上がり、「」と言う字を作りました。その光景は大変幻想的で美しいものでした。
この「大文字焼き」の行事が終わると、京都の夏は終わりだと言われる言われているそうですね。そう言えば、夏休みも残りわずか。私たちもあさっては東京戻り、9月からの勉強の準備に取り掛かるつもりです。
田中さんに、いろいろと教えていただいたおかげておかげで、とても楽しい旅ができました。有難うございました。お礼の印に、別便で京都名物のお菓子をお送りしますなのでしましたので、どうぞ、召し上がってください。
まだまだ厳しい残暑が続くことが存じます。くれぐれも、お体をお大切に。
敬具
8月17日
             張建国
(2)
張君、手紙もう書き終わったの。
えん。ちょうど今書き終わったところだよ。
田中さんにどうなことを書いたの。
いろんなことさ。清水寺のこととか、大文字焼きのこととか、それにしても、今夜は大文字焼きを見物することができて、よかったね。なにしろ、一年のうちで、今日しか見られないんだから。
えん、そうだね。でも、火が消えて行くの見ていだらたら、ちょっぴり寂しくなってしまったよ。「もう、夏は終わりなのなんだなあ。」と思って。
ねえ、山田君、明日は嵐山へ行ってみないか。嵐山には周恩来元首相の詩碑があるそうだから。是非行ってみたいんだ。
そうだね。せっかく京都にたんだから、嵐山にも行ってみよ


 
MeteorX @ 2006-12-08 13:03

35min.
没长进阿没长进......
以前都是听写一句检查一句
下次要不要改成一次听完再检查呢......

第11課
旅と交通
(1)
昔、鉄道や自動車のような交通手段がなかった時代には、どこへ行くのにも自分の足で歩くしかなかった。旅をするのにも、昔の人は、何日も歩き続けるしかなかった。
江戸時代(1603年~1867年)になって、江戸(現在の東京)と日本の各地を結ぶ街道が整備され、多くの人は街道を歩いて旅をするようになった。江戸と京(現在の京都)を結ぶ東海道は、特に交通量が多く、街道沿いの町は大変にぎわった。
江戸と京の距離はおよそ500キロだが、当時の人たちは、12日から15日くらいかけて、東海道を歩いてらしい。人間は一日に歩ける距離は、大人の男性で40キロぐらい。だから、毎日歩き続けたとしても、そのぐらいの日数はどうしても必要だっただろう。
現在、東京の京都の間には、東海道新幹線が走っている。時速200ころ以上スピードを誇る新幹線を利用すれば、東京を出発して、3時間もしないうちに、京都に到着する。昔は、10日以上かかった場所まで、わずか3時間足らず行けるのだから、便利になったものだと思わずにはいられない。
現代では、仕事のために新幹線を使って、東京から京都や大阪へ日帰りで出張することなど、日常茶飯事になっている。
しかし、それほど便利な新幹線だが、「新幹線を使って旅行しても面白くない。」と言う人もいる。あまり速すぎで、旅の情緒は味わえないと言うのだ。そして、わざわざ各駅停車に乗って行く人もいるそうだ。
でも、こんな話を昔の人が聞いたら、きっと「贅沢なことを言うものだ、」と思うだろう。
(2)
張さん、旅行の計画はできましたか。
ええ、山田君と、京都へ行くことにしました。来週の水曜日に、たつつもりです。
旅館や新幹線の予約を済みましたか。
はい、旅館はもう予約しました。でも、新幹線のほうは、指定席ではなくて、自由席で行くことにしたんです。乗車券と特急券だけ買っておきました。東京発10時の「光号」に乗るつもりです。
ちょっと時刻表で確かめてみましょう。ああ、「光5号」ですね。京都につくのが、12時40分、早いですね。どうぞ、気をつけて、行ってらっしゃい。
はい、ありがとうございます。みやげ話を待っていてくださいね。


 
MeteorX @ 2006-12-05 10:38

35min.


第10課
上野駅で
(1)
日本には、東京の言葉を土台にした共通語があり、全国どこにでも通用する言葉として、広く使われています。けれども、一方で、それぞれの地方には、その地方独特の言葉があります。その言葉を方言と言います。
方言は、その土地の風土や暮らしと深い繋がりがあり、その土地その土地の味わいがあります。そして、自分が生まれ育った土地の方言には、誰もが強い愛着を持っています。
ふるさとのなまりなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聞きに行く
それは石川啄木の短歌です。「ふるさとの方言が懐かしくてたまらない。わたしは、その方言が聞きたくて、停車場の人ごみの中にわざわざ出かけて行くのだ。」と言う意味です。故郷の岩手県を離れ、東京で暮らしていた啄木は、ふるさとの言葉に、特別の懐かしさを感じたのでしょう。
ところで、この短歌で歌われている「停車場」とは、上野駅のことだと言われています。上野駅は、東京の中心にあり、昔から東京の北の玄関と言われていました。東北地方や上越地方から東京へ出てくる人や、逆に帰っていく人がおおぜい乗り降りする駅でした。ですから、そこへ行けば、啄木は生まれ故郷の言葉を聞くことができたのです。
現在も、上野駅の人ごみの中からは、相変わらずふるさとの言葉で楽しそうに話し合う声が聞こえてきます。啄木のように、ふるさとの言葉が懐かしくて、上野駅にそれを聞きに行く人が、今もいるかもしれません。
(2)
ずいぶん混んでるわね。指定席の切符を取っておいてよかったわ。みんな、青森のねぶた祭りに行くのかしら。
ふるさとに帰る人も、多いんじゃないかしら。楽しそうに方言で話してる人が、いっぱいいるから。
方言と言えば、中国ほどではないけれど、日本にも、土地によって言葉の違いがあるわね。関東では「ありがとう。」と言うのを、関西では「おおきに。」と言うんでしょう。
ええ、どこに行っても、その土地の方言があるわ。
青森にも方言があるんでしょう。
ええ。こんな会話があるんそうよ。「どさ。」「ゆさ。」ねえ、わらる、この言葉の意味。
「どさ。」「ゆさ。」分からないわ、教えて。
「どさ。」は「どこへ行くの。」って言う意味。「ゆさ。」は「お湯へ行く。」つまり「お風呂に入りに行く。」って言う意味なの。青森は寒い地方だから、あまり外で長い話をしないんですって。だから、挨拶も短く縮めて言うらしいの。
へえ、そう。方言って、やっぱりその土地いの風土や暮らし方と関係が深いのね。寒いと言葉も短くなるなんて。